オーサムストアというショップをご存じでしょうか?
今や全国展開し、幅広い客層から注目を集めている雑貨チェーン店です。
そのオーサムストアを1から作り上げた堀口康弘社長。
『堀口康弘社長とは、どのような人物なのか?』
『そしてどのようにして成功に導いたのか?』
堀口康弘社長には意外な経歴があったのです!
オーサムストアの誕生と成功の秘話をご紹介します。
堀口康弘社長の経歴
堀口康弘社長 Yasuhiro Horiguchi
- 1955年 佐賀県生まれ
- 1974年(18歳)県立佐賀東高校卒業。
- 1975年(19歳)画家を目指して芸術大学に受験するも2度失敗し、ホームレス生活を送る。
- 1976年(20歳)ホームレス生活を絶ち、渡米後リカーショップの雑務や飲食店の開業と、アメリカの永住権を取得。
- 1982年(27歳) アメリカの飲食業からは身を引き帰国した後に、従業員3名で始めた有限会社レプビイハウス(のちに株式会社レプハウスとなる)を創業し、生活雑貨の卸業を始める。
- 1998年(43歳) 卸業から小売業に転業し、千葉県松戸市に「off&on」1号店をオープン。
- 2014年(59歳) 小売業からSPA(製造小売り業者)に変更して「AWESOME STORE」(オーサムストア)の1号店を原宿(東京)にオープンする。
- 2022年(66歳) 株式会社レプハウスから現社名のオーサム株式会社に変更し現在に至る。
趣味:絵を描くこと(水彩・パステル・油)テニス、ゴルフ
好きな食べ物:日本食(うどん、ラーメンなど)※年間約3分の1は海外生活なので、日本食が食べたくなる
好きなお酒:ウイスキー
家族構成:妻、息子2人
お勧めの本:『成長し続けるための77の言葉』(PHP研究所)著者 田坂広志
雑貨チェーン店オーサムストアとは
『AWESOME STORE』(オーサムストア)とは、キッチングッズや、インテリアグッズ、アクセサリー、コスメ、ペットグッズなど、オシャレでかわいい雑貨を幅広く取り扱っているショップです。
2014年に原宿の表参道に第1号店を立ち上げ、現在従業員820名、2022年2月の時点で全国に65店舗までに成長しました。
『暮らしをデザインし、生活に夢を与える』をコンセプトに、オーサムストアの商品を使ってお客様に豊かで楽しい生活を送ってもらいたいという想いを込めたブランドで、ショップの特徴は、なんといっても低価格!
本当にこの値段でいいの?と思えるくらいの女子が好きな可愛いデザインのものがたくさんあったり、100円ショップよりも安い商品もあったり・・・。
それでいて高いクオリティと実用性のある商品をそろえていることや、遊びごごろを取り入れたポップでアートなデザインやユーモアあふれたネーミングなど、毎日がワクワクして楽しくなるような商品を取りそろえています。
ニューヨーク(アメリカ)のブルックリンをイメージした店内には、見ているだけでも楽しめ、興味をそそる商品があったりとつい手に取りたくなるはず!
オーサムという名は、スゴイ!という意味。
お客様に驚きや感動を与えたいから、ひらめきやアイデアを思う存分発揮して遊びごころを作り出していくショップなのです。
オーサムストア誕生までの秘話
大学受験に2度失敗したことから、全てが始まりました。
19歳という若さで人生最大の挫折を味わった堀口康弘社長は、将来のことを何も考えずアルバイトをする日々を送っていました。
アルバイトで稼いだ給料で毎日新宿付近の飲み屋にいくことが日課となっていましたが、そんなある日10歳年上の会社経営者の社長さんと出会ったのです。
その社長さんと何度も飲みに行くようになり仲良くなったこともあって、自分のこと全てを打ち明け、アドバイスをもらうことになりました。
とくに心に刺さったアドバイスとは「若い時にしかできないことがある。そんな日銭稼ぎの仕事なんて辞めて、人生修行の旅に出ろ!」。
その日から、お金を貯めてアメリカのロサンゼルスに行くことを決意したのです!
アルバイトで稼いだこれまでの貯金は全て母親へのプレゼントに使い、貯金ゼロからスタートすることを決めます。
1日でも早く渡米したかった堀口康弘社長は、生活の上で1番支出が大きい住まいの場である賃貸アパートを解約し、代々木公園でホームレス生活を送ることになりました。
そして、やっとの思いで貯めた60万円を握りしめて、パスポートと少しの荷物をリュックに詰め込み羽田空港から出国したのです。
渡米するも英語が殆ど話せない堀口康弘社長は、アルバイト先をみつけるのにとても苦労したといいます。
仕事が決まらずに所持金だけが減っていく毎日・・・。
そんな中でやっとみつけたのが、かなり治安の悪い場所にあるリカーショップ。
ここで、雑務から始めて店長となり、最終的には飲食店の運営まで任せられることになった堀口康弘社長。
ロサンゼルスでアルバイトをした5年間は、日本では絶対にできないような貴重な経験でした。
苦境に立たされ、そこから這い上がった数々の経験が現在のオーサムストアを作り出した原点ともいえるでしょう!
その後、日本に帰国した堀口康弘社長は、日本とアメリカでのライフスタイルの違いを感じ、日本にアメリカで培った経験を届けたいと思い、1982年堀口康弘社長が27歳の時に「有限会社レプビイハウス」という会社を創業し、2022年にオーサム株式会社という社名に変更し現在に至っています。
オーサムストアが成功した経営戦略
独創的な商品開発作り!
「ダイソー」「セリア」「キャン★ドゥ」など低価格で商品が買える雑貨チェーンが多い中、オーサムストアは他社とは違った独創的な商品開発をしています。
お店にいるだけでも「ワクワク感や目でも楽しめる」という商品デザインには、堀口康弘社長がこだわり、インパクトのあるネーミングの商品やパッケージはお客様も思わず手に取ってしまうような工夫が凝らしてあります。
それは、パッケージなど商品開発には美大出身者も起用していて、ひとりひとりの発想をデザインなど商品作りに活かしていて他社と差別化しているから。
画家志望だった堀口康弘社長ならではの戦略なのです。
全てを自社開発でコストダウンに成功!
オーサムストアは、低価格な商品が多いのも特徴。
それが出来たのも、小売業からSPA(製造小売り業者)に変更した堀口康弘社長の決断です。
SPAにすることで、デザインから生産、物流、店舗販売をすべて自社で行いコストダウンに成功しました。
だからこそ、他社では1,000円するものを300円で作るというようなことも出来るのです。このスタイルを40年間変わらず貫き通しているそうです。
ホテルマンのような最高のおもてなし!
お客様には、気持ちよくショップを利用して欲しいもの。
いくら商品がよくても対面販売店ではお客様とのコミュニケーションが大切です。
細かいところにも堀口康弘社長のこだわりがあり、最上級のおもてなしをお客様に提供したいから、ホテルマンを中心としたチームをつくり従業員に対して教育指導を行っています。
https://youtu.be/4p4jKYkQfYc
まとめ
いかがでしたでしょうか?
オーサムストアの堀口康弘社長は自分自身の経験を踏まえ、他社に勝つためには思い切った発想が大切と仰っていました。
英語も話せない中で、単身で渡米するほどの勇気と行動力が今のオーサムストアの成功につながったのではないでしょうか?
従業員ひとりひとりのアイデアを活かしながら商品を作り、お客様にワクワクしてお店に来てもらう!
破天荒で夢追い人だった堀口康弘社長の今後が楽しみですね♪