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日光東照宮の歴史|謎・秘密・都市伝説を調べたら面白かった!

日光東照宮

修学旅行先にも選ばれている日光東照宮ですが、昔から色々と噂話がささやかれていることでも有名です。
歴史の裏には少なくとも現在では解明できないような内容が数々あり、それを知る術がないことも事実です。

今回は日光東照宮にまつわる有名な謎・秘密・都市伝説として語り継がれているものから、人知れず語り継がれている数字にまつわる奇妙な噂についてもご紹介していきます!!

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日光東照宮の歴史

日光東照宮は、400年以上の歴史をもつ神社です。
75歳で生涯を終えた江戸幕府初代の将軍である徳川家康公を祀った神社で、徳川家康公の没後、2代目将軍で息子の徳川秀忠によって創建されました。

創建時はシンプルな作りだったといいますが、その後、家康公をとても尊敬していた3代目将軍で孫の徳川家光により、およそ2年の歳月をかけて現在の形に再建
豪華絢爛な装飾は、各地から集められた選りすぐりの職人たちの手によって作り上げられたといいます。

その多くが国宝や国の重要文化財に指定され、1999年12月にはユネスコの「世界文化遺産」として登録されています。

日光東照宮の謎・秘密・都市伝説

神秘

日光東照宮には、多くの謎や秘密・都市伝説が隠されています

陽明門の柱の謎

陽明門は、12本の柱で支えられています。
その12本の柱には、「グリ紋」 といわれる渦巻き状の独特なデザインが施されていますが、よくみるとその内の1本が逆さまに描かれているのです!

これは、「満(み)つれば欠(か)ける」ということわざにならったもので、「完成されたものはそこから崩壊が始まる」という意味があるそうです。
このことから、あえて1本を不完全なものとして描くことでまだ未完成であるという解釈出来ます。

徳川家は、六芒星(魔除けや魔術的な意味)など神秘的な力を信仰していた様なので、いつまでも繫栄していくようにと願ってこのようにしたのかもしれません。

五重塔の謎

日光東照宮には、国内で6番目に高い五重塔があります。
この五重塔には秘密があって、心柱と呼ばれる太い柱が中心に1本入っているのですが、なんと土台から10cm程度浮いているそうなんです!

これは懸垂式といわれる建築法で、この懸垂式にすることで地震などの大きな揺れがあった時に振動が伝わりにくいというメリットがあるそうで、東京スカイツリーにも同じ方法が使われているとか・・・。
江戸時代からそのことを計算していたなんて驚きです!

また、この五重塔は、垂木と呼ばれる屋根の内側の組み方が5つの内1つだけが違っています
これもまた明門と同じ未完成を意味するのかもしれません

門を守る武将像の謎

陽明門の両脇に武将姿の随身像(神社などの神門に置かれた警護を意味する像)があります。
この随身像は、袴に家紋が入っていますが徳川家の「葵紋」ではなく、明智家の「桔梗紋」に似ていることから、徳川家康公の側近となった説がある明智光秀の像ではないか?といわれています。

そこで注目して頂きたいのが、明智光秀といわれている随身像が徳川家康公の干支である「虎」の上に乗っていること
側近がなぜ徳川家康公の上に乗っているのか
そのことはまだ解明されておらず、謎に包まれているそうです。

本当は四猿だった?

人の一生を表し生き方を教えてくれる「見ざる、聞かざる、言わざる」で知られている三猿。
実は、四猿(しざる)いたのです!

三猿の思想は中国に由来するもので、中国では4匹の猿の像が存在しています。
では、なぜ四猿ではなく三猿になったのか?

それは、4匹目の猿は「せざる」という意味で、股間の部分を両手で隠した像となっているために節度のない欲望と結びつけられたためだとか。
また、4という数字が「死」をイメージさせて、不吉だからということからのようです。
信仰心が厚い徳川家だからこそなのではないでしょうか。

眠り猫の本当の理由

眠り猫は、徳川家康公の遺骨が埋葬されていといわれている奥社へ繋がる参道入り口の門に掲げられています。
穏やかな表情から、警戒心が強い猫でさえも安心して眠りにつける平和な世界への願いが込められているとの意味があるそうです。

しかし、見方によってはしっかりと足を踏ん張っているようにもみえ、徳川家康公が眠るお墓を守るために寝ているとみせかけていつでも攻撃できるような解釈もできます!

16という数字の謎

日光東照宮の歴史には、16という数字がいくつか出てきます・・・。

  • 1616に徳川家康が75歳でこの世を去る
  • 「神厩舎(しんきゅうしゃ)」には16匹の猿が描かれている
  • 本社拝殿・石の間・本殿を仕切る16本の柱
  • 平成の大修理が行われましたが、眠り猫の修理が始まったのは2016年

偶然なのか?それとも16という数字に意味があるのでしょうか?
謎は深まるばかりです・・・。

ちなみに、「突然ですが占ってもいいですか?」にご出演されている「琉球風水志シウマさん」の数字占いで16という数字を調べましたら、組織のリーダーに向いている数字だそうです。
徳川家康公=徳川幕府初代将軍⇒組織のリーダーだから16という数字が多いのかも?

都市伝説 徳川埋蔵金の秘密

都市伝説といわれている徳川埋蔵金。
未だに発見がされていませんが、徳川埋蔵金は、天下人「豊臣秀吉」の埋蔵金でもあるという都市伝説があるようです。

一説によると、豊臣秀吉が残したとされる資産は、現在の価値にすると100兆円以上ともいわれているそうです!
徳川家康公は密かに豊臣秀吉の資産を調べていたともいわれており、豊臣秀吉の没後、徳川家康が勢力を増し豊臣家の資産を奪っていったという話も・・・。
なので、徳川埋蔵金=豊臣埋蔵金だったのではないか?といわれているそうです。

埋蔵金のありかは、わらべうたの「かごめかごめ」にヒントが隠されているといわれていて、歌詞からひも解いていくと日光東照宮の地下(日光東照宮=徳川家康)⇒徳川家康公のお墓の下に隠されているという解釈が出来ます。

しかし、日光東照宮が世界文化遺産となっているため掘り起こすことが難しいそうです。
あなたはこの都市伝説をどう思いますか?

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まとめ

日光東照宮の歴史からはじまり、謎・秘密・都市伝説を解説してみましたが、いかがでしたでしょうか?
日光東照宮といえば徳川の埋蔵金という都市伝説も有名ですよね。


この謎多き、そして秘密にまとわれた由緒ある場所
次回訪れた際には、また違った見方ができて楽しめるのではないでしょうか?

日光東照宮を訪ねた際にはその偉大さと歴史、さらには今回ご紹介した場所などもゆっくり御覧になってください!!